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姫子沢とは八町程離れて、西町の町はづれにあたる。叔母が斯様(こん)な昔の心地(こゝろもち)に帰つたは近頃無いことで--それも其筈(そのはず)、姫子沢の百姓とは違つて気恥しい珍客--しかも突然(だしぬけ)に--昔者の叔母は、だから、自分で茶を汲む手の慄へに心付いた程。瀬川の家も昔は斯ういふ風であつたので其を破つて普通の交際を始めたのは、斯(こ)の姫子沢へ移住(ひつこ)してから以来(このかた)。 『時に、』と蓮太郎は何か深く考へることが有るらしく、『つかんことを伺ふやうですが、斯(こ)の根津の向町に六左衛門といふ御大尽(おだいじん)があるさうですね。其処に住む六左衛門といふは音に聞えた穢多の富豪(ものもち)なので。向町は斯の根津村にもある穢多の一部落。