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はじめて丑松が親の膝下(しつか)を離れる時、父は一人息子の前途を深く案じるといふ風で、さま/″\な物語をして聞かせたのであつた。父といふのは今、牧夫をして、烏帽子(ゑぼし)ヶ嶽(だけ)の麓(ふもと)に牛を飼つて、隠者のやうな寂しい生涯(しやうがい)を送つて居る。父はまた添付(つけた)して、世に出て身を立てる穢多の子の秘訣--唯一つの希望(のぞみ)、唯一つの方法(てだて)、それは身の素性を隠すより外に無い、『たとへいかなる目を見ようと、いかなる人に邂逅(めぐりあ)はうと決して其とは自白(うちあ)けるな、一旦の憤怒(いかり)悲哀(かなしみ)に是(この)戒(いましめ)を忘れたら、其時こそ社会(よのなか)から捨てられたものと思へ。穢多の中でも卑賤(いや)しい身分のものと見え、其処に立つて居る丑松を同じ種族(やから)とは夢にも知らないで、妙に人を憚(はゞか)るやうな様子して、一寸会釈(ゑしやく)し乍ら側を通りぬけた。