“ けれどもみんな歩いたところで、一時間とかからない近距離なので、たまさかの散歩がてらには、かえってやかましい交通機関の援(たすけ)に依らない方が、彼の勝手であった。言葉を換(か)えていうと、彼は迂濶の御蔭(おかげ)で奇警(きけい)な事を云ったり為(し)たりした。実際の世の中に立って、端的(たんてき)な事実と組み打ちをして働らいた経験のないこの叔父は、一面において当然迂濶(うかつ)な人生批評家でなければならないと同時に、一面においてははなはだ鋭利な観察者であった。 そうしてその鋭利な点はことごとく彼の迂濶な所から生み出されていた。 ”