“ 自分の父と健三の間にもこれというほどの破綻(はたん)は認められなかった。不幸にして細君の父と健三との間にはこういう重宝な緩和剤が存在していなかった。自分と、自分の父と、夫との間に起る精神状態の動揺は手の着けようのないものだと観じていた。裏面にその動揺を意識しつつ彼女はこう答えなければならなかった。彼女に最も正当と思われたこの答が、時として虚偽の響をもって健三の耳を打つ事があっても、彼女は決して動かなかった。彼女は何か事件があれば動く女であった。大きな具象的な変化でなければ事件と認めない彼女はその他(た)を閑却した。 ”